第3回セミナー

日 時 2016年10月29日(土)
13:30~
テーマ 今日の知識を明日からの診療に役立てよう
会 場 国立精神・神経医療研究センター
教育研修棟ユニバーサル・ホール
会 費 2,000円
日 時 2016年10月29日(土) 13:30~
会 場 国立精神・神経医療研究センター 教育研修棟ユニバーサル・ホール
会 費 2,000円

< 第3回セミナー 今日の知識を明日からの診療に役立てよう >

                      国立精神・神経医療研究センター病院脳神経内科
                      難病嚥下研究会代表世話人
                      山本敏之

 難病嚥下研究会第一回セミナーが開催されてから,約1年が経ちました.多くの医療従事者にご協力いただき,このたび難病嚥下研究会第3回セミナーを開催するに至りました.第3回セミナーは「今日の知識を明日からの診療に役立てよう」をテーマに,まだまだエビデンスが不十分な難病の摂食嚥下障害への対応について,みなで検討したいと思います.
 東京大学名誉教授であった沖中重雄先生はこんな言葉を遺しています.

 書かれた医学は過去の医学であり,目前に悩む患者の中に明日の医学の教科書の中身がある.

 明日の医学の教科書の中身を作るには,試行錯誤の,長い道のりがあります.その最初の一歩として,医療の現場で見つけた小さなヒントを手掛かりに,多職種で検討したいというのがこの研究会の趣旨です.それぞれの職種の強みを生かし,切磋琢磨して,いつか難病の摂食嚥下障害が予防・治療できる時代が来ることを期待しています.

 第3回セミナーは,3つの一般講演と2つの特別講演で構成されます.一般演題1はパーキンソン病の摂食嚥下リハビリテーションについて,一般演題2は難病嚥下研究会第2回セミナーで報告したパーキンソン病患者の,その後の報告があります.一般演題3では,ベッカー型筋ジストロフィーの咬合不全に対する歯科治療についての症例報告です.いずれも示唆に富む発表で楽しみです.質疑応答では活発な討論をお願いします.
 特別講演1では嚥下内視鏡による評価法について,東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科の二藤隆春先生に解説していただきます.そして特別講演2では,原因不明の嚥下障害として国立精神・神経医療研究センター病院専門外来「飲みこみ外来」を受診した患者の診断について解説いたします.
 セミナーを通して,明日からの診療に役立つ知識を吸収していただけたら幸いです.

< プログラム >

13:30~13:35 開会の言葉  山本敏之(難病嚥下研究会代表世話人)

一般演題(発表7分,質疑応答10分)
        座長 山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)
13:35~13:52 1. シャキア・エクササイズと姿勢調整で嚥下が改善したパーキンソン病72歳男性例
        佐藤雅子(国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部)

13:53~14:10 2. 嚥下機能改善術によりコード1jレベルの経口摂取が可能となったパーキンソン病75歳男性例
        中山慧悟(国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部)

14:11~14:28 3. 統合失調症を伴うベッカー型筋ジストロフィー患者の咬合不全に対しスプリントを応用した1例
        福本 裕(国立精神・神経医療研究センター病院歯科)

特別講演(講演45分,質疑応答15分)
        座長 木村百合香(昭和大学医学部耳鼻咽喉科)
14:35~15:35 1. 嚥下内視鏡による評価法
        二藤隆春(東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科)

        座長 福本 裕(国立精神・神経医療研究センター病院歯科)
15:40~16:40 2. 原因不明の嚥下障害の原因
        山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)

16:40~16:45 閉会の言葉  福本 裕(難病嚥下研究会世話人)

< 概 要  及び 講師略歴>

一般演題
1.シャキア・エクササイズと姿勢調整で嚥下が改善したパーキンソン病72歳男性例
 佐藤雅子1,脇田瑞木1,澤田佑介1,早乙女貴子1,柿澤昌希2,山本敏之2
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院 身体リハビリテーション部
 2. 同 神経内科
【はじめに】パーキンソン病(PD)の摂食嚥下リハビリテーション(摂食嚥下リハ)には,頸部位置の調整や嚥下調整食の導入などがある.シャキア・エクササイズと姿勢調整を行い,嚥下機能が改善したPD患者を経験したので報告する.【症例】72歳男性.64歳頃から固形物を食べると喉に引っかかり,飲み込みにくいと感じるようになった.また,歩行時に右足を引きずるようになった.65歳,左手のふるえに気づいた.66歳,抑揚のない話し方になった.67歳,4ヶ月で体重が4.5kg減少した.69歳,PDと診断された.71歳,嚥下障害にたいして摂食嚥下リハを行ったが,改善しなかった.72歳,当院神経内科を受診した.日常生活動作は自立であった.嚥下困難感があり,体重は4年で6kg減少した.誤嚥性肺炎の既往はなかった.嚥下造影検査(VF)では,食道入口部の開大不全を認め,液体を多量に誤嚥した.また,咽頭収縮が弱く,嚥下後,咽頭残留を認めた.頸部伸展位のため頸部前屈を促しても誤嚥した.シャキア・エクササイズを実施した.また,理学療法士が腓腹筋・ハムストリングスのストレッチ,骨盤前傾・胸腰椎伸展モビライゼーション,体幹伸展・回旋ストレッチ,ストレッチポール,頭部屈曲ストレッチ,頸椎牽引を平日に平均1時間,3週間行った.3週間後には頸部伸展位は矯正され良肢位保持は可能となった.また,ランバーサポートを作製した.VFでは液体の誤嚥を認めなくなった.【考察】本例は頸部伸展位が,食道入口部の開大不全を増悪させ,嚥下障害をきたしたと考えた.シャキア・エクササイズにより舌骨上筋群が強化され,食道入口部の開大が改善した可能性があった.また,頸部伸展位は骨盤後傾位・円背が影響したと考えた.骨盤からの脊柱のアライメントを修正したことにより,頸椎による食道入口部の圧迫が解除され,嚥下機能が改善したと考えた.姿勢異常があるPD患者は摂食嚥下リハに理学療法が有効と考えた.


2.嚥下機能改善術によりコード1jレベルの経口摂取が可能となったパーキンソン病75歳男性例
 中山慧悟1,織田千尋1,村田美穂1,2,小林庸子1,山本敏之2,二藤隆春3
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院 身体リハビリテーション部
 2. 同 神経内科
 3. 東京大学病院 耳鼻咽喉科
【緒言】パーキンソン病(PD)の嚥下障害の原因は,錐体外路症状だけでなく,中枢パターン発生器の異常,嚥下に関わる運動神経や感覚神経の障害,姿勢異常など,様々である.そのため,抗PD薬だけで嚥下を改善させることは難しい.嚥下機能改善術後に経口摂取が可能になったPD患者を報告する.【症例】75歳男性.68歳時にPDと診断され,71歳まではHoehn & Yahr重症度(HY) III度で,日常生活動作は自立していた.72歳春頃から食事中のむせが出現した.その後3か月で体重が13kg減少した.同年秋に誤嚥性肺炎を発症し,それを契機に摂食・内服ともに困難となった.HY分類V度になり,胃瘻造設した.胃瘻から薬剤と栄養を注入することで,HY分類Ⅲ度に改善し,体重は5ヵ月で5kg増加した.胃瘻造設後の肺炎発症はなかった.パーキンソニズム改善後も嚥下造影検査(VF)では,液体 5mLを誤嚥した.また,段階1とろみ液体 5mLの嚥下では,咽頭収縮力の低下と食道入口部の開大不全,多量の咽頭残留を認めた.舌圧訓練,バルーン拡張法,嚥下おでこ体操や舌突出嚥下訓練を行ったが,嚥下機能の改善はみられなかった.患者は経口摂取の再開を強く希望し,輪状咽頭筋切断術と喉頭挙上術を施行した.術後のVFでは,液体の誤嚥はなく,食道入口部の残留が減少した.また,痰が減少し,頻回の唾液吸引が不要になった.直接訓練が可能となり,頸部突出嚥下法を指導した.その後,コード1jレベルの食物を経口摂取可能となった.【考察】神経変性疾患では原疾患の進行により術後も嚥下機能が低下するため,嚥下機能改善術の適応になりにくいと報告されている.しかしながら,PDでは胃瘻からの内服治療でパーキンソニズムを改善させ,誤嚥防止術後に摂食嚥下リハビリテーションを継続することで,嚥下機能も改善できることが示唆された. 


3.統合失調症を伴うベッカー型筋ジストロフィー患者の咬合不全に対しスプリントを応用した1例
 福本 裕1,川邊裕文1,小川順子2,臼井晴美2,佐藤雅子3,大矢 寧4,山本敏之4
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院 歯科
 2. 同 看護部
 3. 同 身体リハビリテーション科
 4. 同 神経内科
【はじめに】筋ジストロフィーは骨格筋の壊死・再生を主病変とする遺伝性疾患で,運動機能の低下を主体とし,咬合不全や中枢神経系の異常を伴うことがある.今回,統合失調症を伴うベッカー型筋ジストロフィー(BMD)の咬合不全に対しスプリント(SP)を応用した症例を経験したので報告する.【症例】47歳,男性.病歴:26歳時引きこもりになり統合失調症と診断された.また,筋生検でBMDと診断された.30歳で歩行能喪失,31歳時ジストロフィン遺伝子解析でBMDと確定診断された.経過中に自殺企図,陽性症状の出現があり,心理検査では精神発達遅滞も指摘された.41歳時から精神症状はほぼ消失し意思の疎通性が改善し,当院療養介護病棟に入院した.食形態のアップを目的に当科受診した.現症:摂食時に咀嚼せず丸飲みするため,主食を全粥,副食をみじん切りとなった.患者は咬合不全の認識がなく,前述の食形態がストレスとなり隠れ食いを繰り返した.口腔内所見:大臼歯が全て喪失し前歯は反対咬合を呈していた.咀嚼は咬合関係を維持する左側上下小臼歯か上顎前歯と舌で挟み切截により行っていた.経過:歯牙欠損数が多いこと,義歯使用の経験がないこと,治療によるストレスを考慮し,治療後に感覚異常を訴える場合には元の口腔状態に戻せる治療を選択した.その結果,顎関節症における可逆的治療法であり歯型の採得だけで作製できるSPに人工歯を排列,残存歯を被覆し咬合の回復を図った.舌の違和感,自身での取り外しの問題などを調整し,装着4か月後に主食は常食,8か月後に副食は荒きざみ2cmにアップした.患者は食形態のアップに満足しSPを外し摂食中に食事を喉に詰まらせ,これを機に咀嚼時のSPの必要性を再認識し,口腔ケアも改善した.現在,おやつに歌舞伎揚げを摂食し経過は良好である.【考察】筋ジストロフィー患者の咬合不全に対しスプリントの応用は有用であると考えられた.

特別講演
嚥下内視鏡による評価法
 二藤隆春 (東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科)
嚥下内視鏡検査は軟性喉頭鏡で咽頭や喉頭の状態を観察するとともに,様々な食物を嚥下させ咽頭残留や誤嚥の有無や程度を評価する嚥下機能検査であり,ベットサイドで繰り返し施行可能であることから,嚥下障害診療の現場で広く普及している.神経難病でも食形態の決定などに非常に有用であるが,進行した患者では精神機能や運動機能の障害,口腔機能障害などを伴うことも多く,慎重かつ丁寧に姿勢や検査食の選定を行う必要がある.


特別講演
原因不明の嚥下障害の原因
 山本敏之 (国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)
確定診断に至る前に嚥下障害が出現した神経筋疾患患者は,しばしば原因不明と判断される.また,経過中に嚥下障害が出現した神経筋疾患患者は,疾患に伴う症状と判断され,他の原因を検索されないことがある.原因不明の嚥下障害として,当院「飲みこみ外来」を受診した患者の,嚥下造影検査や身体所見,画像所見などを提示し,見落とされやすい嚥下障害の原因について解説する.