第5回セミナー

日 時 2018年4月28日(土)
14:30~
テーマ 神経筋疾患の摂食嚥下 5つのエキスパートオピニオン
会 場 国立精神・神経医療研究センター
教育研修棟ユニバーサル・ホール
会 費 2,000円
日 時 2018年4月28日(土) 14:30~
会 場 国立精神・神経医療研究センター 教育研修棟ユニバーサル・ホール
会 費 2,000円

< 第5回セミナー 神経筋疾患の摂食嚥下 5つのエキスパートオピニオン >

国立精神・神経医療研究センター 嚥下障害リサーチセンター長
同 病院脳神経内科医長
難病嚥下研究会代表世話人
山本敏之

 みなさまのご協力のおかげで,難病嚥下研究会第5回セミナー「神経筋疾患の摂食嚥下 5つのエキスパートオピニオン」を開催するに至りました.今回のセミナーでは,神経筋疾患の摂食嚥下の分野でしばしば遭遇する問題について,専門家の見解(エキスパートオピニオン)を聴く形にしました.
 さて,神経筋疾患のような稀少疾患では根拠に基づく医療(evidence-based medicine: EBM)を実践できないという誤解が,いまだに根強くあります.その背景には,「EBM」イコール「科学的な根拠に則った医療」という誤解や,質の高い研究で結果が示されていなければ「科学的な根拠」があるとは言えないという誤解があります.
 改めて「EBMとはなにか?」を考えてみましょう.EBMという言葉が世に出たのは1991年とされています.その定義は変遷をたどり,現在では「科学的な根拠(research evidence),臨床家の専門知識(clinical expertise),臨床現場の状況や環境(clinical state & circumstances),そして患者の価値観(patient's preference & action)の4つの要素を重視し,患者のために最良の医療を行うための行動指針」とされています.つまり,「科学的な根拠」はEBMの一部で,専門家の勘や経験が否定されたわけではありません.患者の病状や患者を取り巻く社会的な状況を考慮することや,患者が医療に何を望んでいるかを配慮することも重要な要素になります.こうした要素を勘案し,個々の患者に最良な方針を決めることがEBMになります.
 残念ながら稀少疾患の分野では,「科学的な根拠」のエビデンスレベルが低いという紛れもない事実があります.医学のどの分野であれ,黎明期には専門家の意見(エキスパートオピニオン)が研究の出発点となり,よりエビデンスレベルの高い科学的な根拠を見出してきました.
 神経筋疾患の摂食嚥下は,まだまだこれから研究していかなければならない分野です.本日のセミナーで得た知識が,明日からの診療に生かせられれば,そしてより質の高い研究に繋がれば幸いです.

< プログラム >

14:30~14:35 開会の言葉  山本敏之(難病嚥下研究会代表世話人)

講 演: 神経筋疾患の摂食嚥下 5つのエキスパートオピニオン
        座長 山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)
14:35~14:55 1. 難病患者はいつ嚥下造影を実施すると良いですか?
        山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)

14:55~15:15 2. 原疾患の治療で嚥下障害は改善しますか?
        山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)

15:15~15:35 3. 難病患者に胃瘻造設の適応はありますか?
        木村百合香(東京都保健医療公社荏原病院耳鼻咽喉科)

15:35~15:55 4. 嚥下機能改善術はどのような難病患者に適応がありますか?
        二藤隆春(東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科)

15:55~16:15 5. 難病患者に効果ある摂食嚥下リハビリテーションはありますか?
        織田千尋(国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部)

16:15~16:35 総合討論

一般演題:   座長 山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 神経内科)
16:40~16:55 筋萎縮性側索硬化症を合併した統合失調症57歳女性例
        阿部弘基他(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科)

16:55~17:00 閉会の言葉  二藤隆春(難病嚥下研究会世話人)

< 概 要 >

講 演:神経筋疾患の摂食嚥下 5つのエキスパートオピニオン
1.難病患者はいつ嚥下造影を実施すると良いですか?
 山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 神経内科)
神経筋疾患においては経過中に,いつからともなく摂食嚥下障害が現れる.摂食嚥下障害の自覚や他覚的な臨床症状に乏しい疾患があり,嚥下内視鏡や嚥下造影検査による評価が重要になる.これらの検査の実施時期は,体重や呼吸機能,食事評価などの臨床症状や疾患の経過などから総合的に判断する.疾患別に嚥下評価のタイミングを解説する.


2.原疾患の治療で嚥下障害は改善しますか?
 山本敏之(国立精神・神経医療研究センター病院 神経内科)
 原疾患の治療によって嚥下障害も改善しうる疾患には,重症筋無力症や炎症性筋疾患がある.原疾患の治療で必ずしも嚥下障害が改善しない疾患には,パーキンソン病がある.そして,原疾患の治療にも嚥下障害の治療にも難渋する疾患には,多系統萎縮症,進行性核上性麻痺,筋萎縮性側索硬化症などがあり,対症療法を行う.


3.難病患者に胃瘻造設の適応はありますか?
 木村百合香 (東京都保健医療公社荏原病院耳鼻咽喉科)
 嚥下障害が進行すると,代替栄養法を導入するかどうかを判断しなければならない.代替栄養法は,経腸栄養と高カロリー輸液に大別され,経腸栄養には経鼻経管栄養,胃瘻,間欠的経口経管栄養がある.代替栄養法の適応は,本人の意思,栄養管理,服薬管理などから総合的に判断する.また,筋萎縮性側索硬化症では%努力性肺活量の低下によって胃瘻造設時の呼吸機能悪化のリスクが高くなることに留意する.


4.嚥下機能改善術はどのような難病患者に適応がありますか?
 二藤隆春(東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科)

 嚥下障害に対する外科的治療には,嚥下機能改善術と誤嚥防止術がある.前者は嚥下における気道の防御と食物輸送の改善を目的にする.後者は気道防止を目的とする.誤嚥防止術には発声機能を温存させる手術と発声機能を喪失する手術とがあり,適応を検討する必要がある.神経難病にたいする嚥下機能改善術・誤嚥防止術の効果について自験例を紹介する.


5.難病患者に効果ある摂食嚥下リハビリテーションはありますか?
 織田千尋(国立精神・神経医療研究センター病院身体リハビリテーション部)

 神経筋疾患に効果がある摂食嚥下リハビリテーションには,姿勢の矯正,バルーン拡張法,食形態の変更などがある.しかしながら疾患によって適応が決まるのではなく,導入には,患者の嚥下の状態,身体機能(原疾患の治療状況),高次脳機能,そして在宅環境などから総合的に判断する必要がある.


一般演題
筋萎縮性側索硬化症を合併した統合失調症57歳女性例
 阿部弘基1,山本敏之1,木村百合香2,髙橋裕二1
 1. 国立精神・神経医療研究センター病院 神経内科
 2. 東京都保健医療公社荏原病院耳鼻咽喉科
 症例は精神症状が安定した統合失調症 57歳女性である.56歳から徐々に頚部,体幹に力はいらなくなり,姿勢保持が困難になった.やがて飲み込みにくさが出現した.A大学神経内科とB大学神経内科を受診し,抗精神病薬による薬剤性錐体外路徴候と遅発性ジスキネジアと診断された.57歳から左手の使いにくさと階段昇降困難が出現し,会話中に息切れがあった.体重は1年間で20kg減少した.当院受診時,呼吸障害,四肢体幹の三領域に上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの障害を認め,筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断した.舌には捻転様のジスキネジアを認めたが,舌に萎縮や線束性収縮はなく,球麻痺を認めなかった.頚部保持が困難で食事動作に努力を要し,体重減少が続いたため胃瘻造設した.また,呼吸不全に非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)を導入した.身体症状が安定すると,高揚感,他罰的言動を主体とする精神症状と不眠を認めた.抗精神病薬を増量し,精神症状は改善した.58歳,在宅療養に移行後,精神症状が現れ,介護者や医療者に対して攻撃的になり,妄想もみられた.NPPVを拒絶するようになった.やがて“身の置き所のなさ”の訴えが強くなった.統合失調症患者の嚥下障害は,その原因の検索が重要であると考えた.